蚕都上田の歴史を物語る 旧佐藤家住宅(藤本)
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- 2024年6月1日
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更新日:2024年6月5日

上田市上塩尻の「旧佐藤家住宅(藤本)」が今年3月、国の登録有形文化財に登録するよう、文化審議会の答申を受けました。かつて「蚕都上田」と呼ばれた上田の蚕種業の様子を伝える文化財について紹介します。

旧佐藤家とは
「旧佐藤家」は、「藤本」を屋号にして、江戸時代前期の寛文年間に蚕種業(良い絹糸を生み出す蚕の卵を製造・販売する仕事)を始めました。その後、塩尻地区周辺には次々に蚕種家ができ、幕末から明治時代初期には世界的に知られる蚕種の産地になりました。藤本はやがて「藤本蚕業合名会社」となり、地域の産業をけん引。蚕糸業が衰退した昭和時代の中ごろまで操業しました。
蚕都上田を伝える文化財
こうした歴史を伝える文化財は、市内にほかにもあります。「旧佐藤家住宅(藤本)」のすぐ近くには、3年前に登録有形文化財になった「佐藤家住宅(三ツ引)」が。こちらは佐藤社長の自宅で、同じく蚕種業を営んだ家です。
常田には「上田蚕種協業組合事務所棟」、「信州大学繊維学部講堂」(いずれも登録有形文化財)、「旧常田館製糸場施設」(国指定重要文化財)などがあり、これらを訪ねると、この街の近代の発展ぶりと、先人の営みを未来に伝えることの大切さを感じることができるでしょう。

歴史館は見学もできる
建物を所有するのは、「藤本蚕業合名会社」の流れをくむ、藤本工業株式会社(上塩尻)。社長で、旧佐藤家の分家にあたるという佐藤修一さんは「建物だけでなく古文書、養蚕にまつわる資料などの管理、維持は大変だけれど、地域の歴史を多くの皆さんに知ってもらいたい」。また、同じく分家で藤本工業取締役の佐藤隆一さんも「この先どう伝えていくかが課題」といいます。
「蚕都」の歴史を伝えるのは自分の使命、という佐藤さん。今回登録される建物の近くには蚕種業の貴重な資料を収蔵、展示する「藤本蚕業歴史館」があり、建物と合わせて見ると、この地域が世界に知られる仕事をしていたことがよく分かります。
歴史館の見学は藤本工業(☎0268・24・2460)に問い合わせを。
6棟の建物が文化財に


今回、登録有形文化財になるのは、明治時代に建てられた複数の蚕室と、文庫蔵、味噌(みそ)蔵、表門の合わせて6棟。特に、建築当時の最新技術を駆使したという蚕室は、春先の肌寒い時期に蚕棚が冷えないよう、床下に暖房のため丸太やもみ殻を燃やした石造りの「火炉(かろ)」が残されています。また、簡単に換気や温度調整ができるよう「簀の子(すのこ)天井」や「開閉式換気口」があり、当時、どれだけ大事に蚕種を作っていたかがうかがえます。
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